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竹園ホテルの沿革

竹園ホテル沿革(1979年~2000年)

年度及び月

主な出来事

1979616

深圳市飲食服務公司と香港妙麗グループは『竹園別荘の創業及び経営に関する協議』を締結した。これは中国共産党十一届三中全会後、深圳経済特区ができる前に、改革開放政策を実施してから中国のホテルの業界で始めての中外提携協議である。

198010

中国初めての中外提携ホテル―竹園ホテルが登録成立。

1981125

竹園ホテル正式開業。

1981年3月 中国初めての中外提携ホテルの工会(日本の労組に対等)成立。

19824

竹園ホテルは中国で初めて給料制度の改革を行なって、固定給料と変動ボーナスを合わせる制度を採用した。

198310

中華全国総工会からの「従業員の家」名称を獲得して、中国で初めてこの名称を獲得した中外提携ホテルになった。

1984年5月19日 竹園ホテルから代表を大連に派遣して改革の経験を紹介。
1984年6月 大連ホテルと姉妹ホテルの関係を結ぶ。

198462

広東省委員会、広東省政府から「特別優秀文明企業」の名称を獲得

1985122

第2期拡張工事である竹園中華料理と歌舞庁が竣工、開業。

1985年2月11日 「広東省ホテル業界治安管理先進企業」の名称を獲得。
1985年6月28日 第2期拡張工事である竹園ショッピングセンター竣工、開業。
1985年8月8日 第2期拡張工事の中国最初のボウリング場竣工、開業。

1985829

朝鮮青年中国訪問団が竹園ホテルに宿泊。

1986510

千万元かかってラクサリースイートルームを180件新設。

1986年9月28日 深圳市第1回「竹園カップ」ボウリング大会を開催。
1986年10月9日 第8回アジアピンポン連盟官員宴会が竹園ホテルで開催。
1986年10月30日 全国第4回「力士カップ」エアロビクス大会の資格競技が竹園ホテルで開催。

198611月下旬

全国第4回「力士カップ」エアロビクス大会の500人あまりの選手、コーチ、事務員などが竹園ホテルに宿泊。わが国の女性選手が今回の大会で初めてビキニを着用して全国で大騒ぎになった。

1986年12月1日 AMFカップ全国ボウリング大会を開催。同時に深圳ボウリング協会を成立。深圳市体育発展中心の馬久任主任が協会の主席を担当し、ホテルの李三帯総経理が副主席を担当。

1986年12

深圳市旅行協会成立大会が竹園ホテルで開催。

1987年2月9日 竹園ホテル第1回従業員表彰大会を開催。

19872

全国優秀選手発表会を開催。「体操の王子」李寧が『青竹』を描いて竹園ホテルに贈与。

1987327

第1回中国身体障害者オリンピック大会が深圳で行い、アジア太平洋地区担当者会議及び国際身体障害者オリンピック大会コーチ懇談会が竹園ホテルで開催。国際オリンピック大会主席及び十数ヶ国からのオリンピック官員とわが国の関係官員が竹園ホテルに宿泊。

19878月5日

第二回「竹園カップ」ボウリング大会尚深圳、香港、上海要請試合を開催。

198711月

全国人大常務委員会副委員長朱学範が竹園ホテルを視察。

198711月中旬    

「中日食品流通貿易会」の350人あまりのお客様が宿泊。

198711月12日

第6回全国運動会の200人あまりの記者がホテルに宿泊。中央テレビの記者はホテルに贈答品を贈与。

198712月上旬

「87`深圳中国ファッションショー展示会に参加するスタッフとモデルが竹園ホテルに宿泊し、ホテル内で展示会を5回開いた。

1988年1月15日    竹園絵画展示会を行い、当時の深圳市副市長邹楽康と有名な画家である頼少其がテープカットした。
1988年1月29日 竹園ホテルは市体育館で開催された「チベット援助演奏会」を賛助。
1988年6月至11月 竹園ホテルは中国水墨画研究院、深圳画院に協力して、「全国鳥類画交流会」開催。有名な経済学者千家駒、知名人沈酔、有名な画家頼少其、当時の深圳市長李灝が今回の交流会に参加した。
1988年10月  全国人大常務委員会副委員長陳慕華がホテルを視察した。
1988年10月2 日 第1回中国国際武術節に参加する170人あまりの各国からの選手、コーチ、審判員、及び記者がホテルに宿泊した。
1988年12月5-11日 「太平洋周辺国家体操協会連盟競技会」が深圳で行なわれ、9ヶ国の150人あまりの選手がホテルに宿泊した。
1988年12月13-15日 「第三回AMFカップ全国ボウリング大会」竹園ホテルにて開催した。
竹園ホテル版権所有 住所:シンセン市東門北路2079号